今回はジャニーズを抜きにして、中学3年間で根暗が形成されていく様子を書きたいと思います。
中学生になって私は陸上部に入りました。習い事や塾との両立に不安はありましたが、先輩に同じ習い事の方がいたため入部を決めました。最初の頃は同級生の女子同士仲良くしていました。
ある時怪我をした私は2週間程部活を休むこととなります。怪我もすっかり治り部活に復帰すると、なぜか同級生の女子全員から無視されるようになっていました。そこから波及して、部活とは無関係の女子や男子にも私を無視する子が現れます。結局最後まで理由はよくわかりませんでした。
それでもAちゃんとNちゃんは私の味方でい続けてくれました。休み時間は3人でお喋りしていたし、休みの日は遊びにも行きました。それだけで私は幸せでした。
しかしある日Aちゃんは転校し、遠方へと引っ越すことになります。数少ない友達が1人減ってしまったのです。更に不幸は続きます。Nちゃんと仲良くしていたのを面白く思わない子が、Nちゃんにないことないこと吹き込み、Nちゃんが私を避けるようになったのです。
こうして私はひとりぼっちになりました。
1年の終わりに陸上部を辞めて美術部に入ります。しかしそれも早いうちに幽霊部員になりました。
合唱祭で展示するために、夏休みは空いた時間に学校へ行き油絵を描いていました。しかし直前になって顧問が私の油絵だけ捨てたのです。私の1ヶ月が全て無駄になりました。もう美術部にも行きたくない。かといって退部の為に顧問と話すのも嫌だ。だから幽霊部員となりました。
同級生からは無視される、教員からはこの仕打ち。
かたや妹は人気者。そのせいで後輩からも「あれがあの子のお姉ちゃんなの……?」と言われてしまう始末。もうどこにも私の味方はいないように感じていました。
本当に味方がいなかったか?というと今から振り返るとそうでもありません。母は寄り添ってくれていましたし、3年生の時の担任は何かと気にかけてくれました。その担任のことは小中高で1番良い先生だったと思っています。ただ当時は追い詰められて冷静に考えられる状態ではありませんでした。
受験勉強が始まる前はネットがひとつの救いでした。自作サイトに小説を載せたり講習したりすることが唯一のストレス解消。しかし受験勉強が本格化すると塾や課題の嵐で、その時間すら取れなくなっていきました。
解消できずに膨れ上がったストレスは全て食へと向かいます。家に帰ると家にあるパンやお菓子を手あたり次第食べ、それがなくなると冷蔵庫の中のマーガリンやピーナツバターをスプーンですくって食べました。
家と学校と塾の往復、帰ればひたすら食べ続ける生活。
その結果出来上がったのがこれです。
当時身長162センチにして体重は70キロ越え!
受験期はテレビを見る時間くらいならありましたが、Nちゃんとのこともあり嵐は見ることすら嫌になっていました。そんな中私が次に好きになったグループを次回お話します。
ちなみにNちゃんとは3年生の途中で誤解が解けたことで一応和解しました。しかし一度あんな仕打ちを受けた以上は以前の通りとはいきません。中学卒業後にNちゃんの引っ越しも重なり、今ではすっかり疎遠になっています。Aちゃんとは今でも時々連絡を取っています。中学生の頃はNちゃんのことについてずっと嘘をつき続けることになり非常に心苦しかったですが、今では自然体で話すことができます。